大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和58年(オ)715号 判決

上告人

桑野弘二

上告人

武田智賢

右両名訴訟代理人

上田稔

被上告人

住宅・都市整備公団

右代表者理事

松下良一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らと負担とする。

理由

上告代理人上田稔、上告人桑野弘二の各上告理由について

旧日本住宅公団(被上告人被承継人)は、上告人らとの間の本件賃貸借関係に基づき、借家法七条一項の規定による家賃の改定を請求することができ、昭和五三年九月一日以降の改定家賃月額二万七二〇〇円がいずれも適正改定家賃額と認めることが相当であるとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づいて原判決の不当をいうか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認否を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(中村治朗 藤﨑萬里 谷口正孝 和田誠一)

上告代理人上田稔の上告理由

一 原判決及び原判決が維持する第一審判決は、本件家賃算定の根拠として、証甲第二号証を援用して居られるが右は極めて不当なものと考えられる。

即ち、右の成立に関する一審証人戸田貞男の証言は単なるその成立に関する抽象的な権威性を強調するのみであつて、その内容についての反対尋問にはとても堪え得るものではなかつた。同証人は被上告公団の上告人等を管理する営業所には右証言の直前着任したばかりにして八戸の里近辺の実状につき充分に知り得る状況に無かつたことを証言している。従つて、甲第二号証にかかれた内容については殆ど智識が無かつたことは明らかである。しかるに、安易に右甲第二号証の証言の真成を認定したのは採証方則を誤つたものと言うべきである。

二 更に右甲第二号証には本件地域についてのマイナス的要因は何等触れていない所、右については上告人等は原審第一回準備書面二項三項に於て、右の点を指摘しているにもかかわらず、右についての立証が許されず、且つ、その判断がなかつたことは遺憾と言うべきである。即ち、右に関し、上告人等はその点を立証し、且つ、甲第二号証に、右の点が触れられていないことにつき調べる為、上告人桑野及び甲第二号証を作成したと思われる泉屋勉を証人申請したにもかかわらず原審はこれを採用されなかつた。

更に騒音等に関連し空港周辺に於る騒音電波障害についての訴訟が提起されていることは周知の事実であるにもかかわらず右についての上告人等の主張についての判断を示されなかつたのは採証方則を誤り、且つ、主張した事実につき判断を示されなかつた遺憾があるものである。

三 更に被上告公団が公営法人にして借家法の適用についての他の営利団体などと区別されるべきものであることは上告本人桑野弘二が詳しく書いていることろである。

上告人桑野弘二の上告理由

一 借家法を用うる正当性がない。

「借家法第七条第一項に定められている要件を具備すれば、公団において家賃額の増額をなしうるとし……」として公団は家賃値上げを借家法を用いた。要件を具備すればとあるが何がどう具備されているのか明らかでない。

公団が家賃の変更をするには、日本住宅公団施行規則があり、これを用うることにより充分である、あえて借家法を用うることは団法と都合により使い分けをし公団も民間企業も変りなくなり公団の意義がなくなる、即ち借家法第七条第一項が公団法との違いは建物の価格が変動出来る所にある、

① 「土地若ハ建物ノ価格ノ昂低に因り」

② 「比隣ノ建物ノ借賃ニ比較シテ不相当ナルニ至ルトキ」

右により借家法では家賃の変更が出来るとしている。

公団施行規則第九条第二項において「前項の修繕費、管理事務費、地代相当額、損害保険料及び引当金の算出方法並びに償却の利率は、建設大臣の承認を得て、公団が定める。これを変更しようとするときも、また同様とする。」とあり建物の価格変動については歯止めをしてあり、借家法を用い不動産鑑定による価格をもつて家賃変更は公団法では見当らない。又貸借契約においてもこの様な変更が出来るとはしていない。

施行規則では第九条にかかわらず、家賃、敷金の変更が出来るとしている。その中で

① 「物価その他経済事情の変動に伴い必要があると認めるとき」。

公団も主張しているが発足以来の変動、について家賃を変更していないことは第九条において変更しなければいけないのに不拘業務怠慢以外何ものでもない。当住宅が管理以来については企業努力により変動を吸収している。

家賃又他の価格についても改善を加えて値上げしており、何もしなくての値上げはしていない。この項目を入れたことは昭和二十年以降の大インフレを知る者においては第九条にて完全であつても入れたもので昭和三十年以降は経済も安定しているのでこれを主張するのも当らない。所得の増加をあたかも経済変動としているがこれは成長であり、これを借家法による家賃値上げ理由にはならない。

② 「賃貸住宅相互の間における家賃の均衡上必要があると認めるとき。」

これについては何処と比べて当住宅の家賃が安すぎるのかについても解答なかつた。当住宅の空家割増しと比べれば安いが入居時には最高の家賃であつた。持ち家制度のはしりであり入居資格一杯で入居したものが多くもう少の余裕かあれば持ち家にしたであろう、その後持ち家となり転居した者も多いが、そこまでいかず残つた者が今度の値上げに会つている。古い入居者と新しい入居者に家賃差があるのは公団が公平にするとしてしたものでこれも疑問があり古い入居者を新しい入居者家賃に近づけ様とすることも公平にするというがこれに当らない。今度の家賃値上げも公平にというが逆に当住宅については格差は縮まらず不公平といわざるを得ない。

「公団の家賃は利潤を含まれておりません」と常に公団発行の新聞「まど」に記載されているが施行規則での家賃変更でなく、借家法を用いることは利潤を含む以外何ものでもない。前に述べた如くもう公団ではなく民間企業であるとしたのもこの点を見てである。たとえ値上げ分の使用先が正当であつても値上げ方法が公団設置の基本を自らの手で覆すことであり正常ではない。これに対し「高度なる施策」とは傲慢さこの上ない。家賃の変更は双方の歩み寄りがあつてこそ成り立つもので一件毎に繊細なる配慮があつて然るべき所一山いくら的ずさんなる方法になつたことも公団法の枠をはづし借家法を使うとしたことにある。

公団である限り、公団法を尊守する事は当然であり借家法を用うることは不当である。

二 家賃値上げ分の使用に不信

誰でも理由のわからない金を出すこと嫌う、金額の多寡ではない。当初値上げ理由として掲げられた中で「家賃改定による増収額の使途」の説明で「維持管理経費」と「家賃の抑制に要する費用」にあてたいとしている。

① 維持管理経費について

この項目は公団法にある事務管理費と修繕費と思はれるが「当住宅で幾らぐらい不足が出て居りますか」と問うた所、「いやプールして考えております」、「隣のガラスが割れたのを貴方は負担しますか」に答なく二度とこの理由であると聞いたことない。しかし値上げされ実際に使用しましたと明らかにされていない。

② 家賃の抑制

建設費の高騰により家賃が高くなりすぎたのでその抑制を所得の低い人もいる旧住宅入居者に協力してもらうという考え方である。即ち、他人の家賃の一部負担である、当住宅より給湯設備、洗濯場、駐車場完備、エアーシュートの設備もあり、高級マンション以上の所ににもである。当住宅は入居する時でも月収の30%が家賃であつた。今も月収の30%を家賃に当てるならば高い家賃でも入居出来る、抑利の必要はない。持ち家は別として住居費を30%を当てる家計にはなつていないのである。

即ち、私たちも所得は増えた、しかし他人様の家賃までは一部たりとも出す気にはなれないのである、まして当住宅より高級な住宅に住む人々にである。公団も所得の上昇、即、家賃の上昇を考えるなといいたい。所得以上のものが食糧であつた時代から所得の30%が住居費、現在住居費は10%が平均的ではなかろうか、これについても使用明細の報告もないので明らかではない。

従つて値上げの理由と増収分の使途は不可分であるに不拘何にどれだけ使用されたか未だに知らない。借用金及びその利子支払に当つたり、悪く考えれば不必要経費に当てられているとしても使途明らかでない限りそう感ぐりたくなる。

三 当住宅は他の住宅と違う。

此度の値上げは、負担と公平化を狙つたとしているが当住宅は他と違うので同一にはならない。土地が近幾日本鉱道の所有でこの建物はいづれ地主の所有になる。一階、二階は建設当初より地主が買上げ、その金額を分析すると代金の他に三階より十一階分の10%が含まれている、即ち売買契約時に10%の手付が打たれているのである。

他の公団管理住宅は払い下げがあるとなれば住民は買い上げ出来るが当住宅はその時が来てもその機会はない、値上げによる償却がすすみ50年償却でなく、20年以内に償却が済み家主が民間に変はることも有り得る。当初より50年償却として地主と明らかに契約されており、契約半ばの家賃値上げの必要もなければ理由も当てはまらない。地主との契約でこの様な項目がなければ、当然地主として50年より早く譲渡を要求するであろうし、住民不在の内にその危惧がある。70年償却の他の公団管理住宅と全く違い前述の如く「一山幾ら」の中には入れられないのである。

又70年償却も50年償却も家賃は変はらないといわれるが、計算しなくとも50年償却の方が高いことは常識である。鑑定書より計算

値上げ 7,000−1,325=5,675.―

(55,600−39,700)÷12=1,325/月 減額

20,200−1,325=18,875/月 当初家賃

金利計算

(820,000×0.05)+(2,780,000×0.025)=110,500.―

鑑定書によれば ¥122,556.―

昭和45年より昭和53年まで満8年、96ケ月

1,325×96=127,200

70年償却と50年償却は違うのであつて同じではない。

鑑定書によれば当住宅家賃の評価は月額三六、六〇〇円となり七千円値上げしても大きく評価が上廻つておるから小額の違いは関係なしとしているが、鑑定書についても問題がある、家賃の評価は平均的なものであり、公団管理住宅として同一と考えての評価である。

値上げ当時公団が入札させた建築費から見ても当方より「近畿不動産開発(株)小川実氏代表取締役、不動産鑑定士」に依頼、当住宅の価格についても家賃月額二八、〇〇〇円としている。

家賃の評価について唯一無二でなく上下あり、絶対値ではない。月額二八、〇〇〇円とすれば七千円の値上げは満額に近いものであり割引されるものである。この他共益費の負担あり、必ずしも七千円に押えたとのきれいごとでもない。家賃というものは他の物を買うのと違い選べないのである。当初は慎重に入居したのであるが何も不都合なことをした事はなく逆に隣にビルが建ち日照権問題については何等交渉せず住民により解決、空地の公園化も住民がした、ダスターシュートの問題も協力なく、市当局との交渉も住民がした。信号機問題、下水問題、交通周辺道路問題も何等公団は協力していない。協議の場所へは一度も出ていない。この値上げの問題についても一度も説明に来たこともなく、説明も聞きに行つても東京で決めたことで大阪で説明する人もいないと話し合いも出来ない。その様な中で値上げされたのである。

99%以上がもう支払つているではないかといわれるが、自治協が支払う様に指示したのであつて認めて支払つているとはしていないことは係争中であるので知つておられると思う。私は公団対個人の家賃契約の問題に或る団体の効利運動に乗ぜさせる未熟な民主々義を憂うのであつて、それに乗じたのが99%になつたのであり真の数値ではない。

四 まとめ

①如何なる手段を構じても値上するのではなくよく説明し納得させることである。②増収分の使途は明らかにすること、③公団と近鉄と当住宅の関係を明らかにすること、

追加のこと

公団が借家法を用うることは不当であると前述したが、公団が借家法を用うることで公団が施行法に基く家賃改定にかかる数値を出さないで済むことではない。

何とか数値を出さずに済まそうとの公団の考え方なれば説明の不足であつた事は明らかであり建設大臣及び国会での家賃改定認可の付帯条件を無視したもので居住者をも愚ろうしたものとなる。

施行法は公団事業の施行するためにあり、借家法は借家を業とする個人又は企業が用うるもので、夫々の事業目的が異なるものである。公団が定める家賃には利潤を含めてはならないし借家業務はこれをもつて利潤をあげることを目的としているので公団である限りは用いられない。此度の家賃改定理由、すべて返答なく又は納得出来る説明なく、最高の家賃の所へ最高の値上げは納得出来ないものであります。

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